相続税申告に残高証明書は必要?必要なケースや発行の方法を税理士が解説!
相続手続きと預貯金の「残高証明書」とは
身近なご家族が亡くなられた後、遺された方には役所への届出や名義変更など、さまざまな手続きが一気に押し寄せます。その中でも、時間も手間もかかるのが、故人(被相続人)がどのような財産をどれくらい持っていたのかを洗い出し、相続税の申告や遺産分割につなげていく「相続手続き」です。
相続財産というと、多くの方が真っ先に思い浮かべるのは「不動産」「現金・預貯金」でしょう。なかでも預貯金について、どの金融機関にいくらあるのかを正確に把握することは、相続手続きのスタート地点であり、その後の申告や分割のすべての土台になります。
この預貯金の調査の場面で、よく登場するのが「残高証明書」です。
「相続税の申告には、残高証明書が必ず必要なの?」「通帳のコピーやネットバンキングの画面を印刷したものではダメなの?」「どこで、どうやって取ればいいの?費用や日数はどれくらい?」といった疑問をお持ちの方も少なくありません。
そこで本記事では、相続手続きにおける残高証明書の役割・必要となる場面・取得方法・注意点を、相続実務を踏まえながらわかりやすく解説していきます。
残高証明書とはどんな書類?
まずは、残高証明書という書類の中身を整理しておきましょう。
残高証明書とは、ある特定の日(基準日)時点で、その金融機関の口座にいくら残高があったのかを、銀行等が公式に証明する書面です。対象となる金融機関は、銀行・信用金庫・信用組合・証券会社・ゆうちょ銀行などが挙げられます。
一般的には、次のような項目が記載されます。
- ・金融機関名・支店名
- ・口座番号
- ・口座名義(被相続人の氏名)
- ・口座の種類(普通・定期・当座など)
- ・基準日(いつ時点の残高を証明するのか)
- ・基準日時点の残高
相続に関する残高証明書では、基準日を「被相続人が亡くなった日(相続開始日)」と指定して発行してもらうのが一般的です。
通帳やネットバンキングとの違い
「通帳が手元にあって、亡くなる直前まで記帳しているから、それで足りるのでは?」「ネットバンキングの残高画面を印刷しておけば十分では?」と考えられる方も多いと思います。
しかし実務上は、次のような問題があります。
- 通帳の最終記帳日が、必ずしも亡くなった日とは限らない
- ネットバンキングの画面は「照会した時点」の情報に過ぎず、公的な証明書とは扱われにくい
これに対して残高証明書は、金融機関が公式な書類として「相続開始日現在の残高」を証明してくれるものです。そのため、相続人同士はもちろん、税務署など第三者に対しても客観性・信頼性の高い資料として提示することができます。
相続税の申告に残高証明書は「必須」なのか?
「相続税申告の際に、残高証明書が絶対に必要かどうか」について整理してみましょう。
結論から言うと、残高証明書は、相続税申告書に必ず添付しなければならない“義務的な書類”ではありません。
税務署に提出する書類の中に、「残高証明書の添付が必須」と明記されているわけではないのです。
とはいえ、税理士などの専門家の多くは、「相続税の申告をする場合は、原則として残高証明書を取得すべき」と考えています。法的な添付義務がないにもかかわらず、取得を勧める主な理由は、次の3つです。
理由1:預貯金を漏れなく把握するため
相続でまず重要となるのは、故人の財産を「漏れなく」「正確に」洗い出すことです。
しかし実際には、
- ・すべての通帳が自宅に保管されているとは限らない
- ・ネット銀行など、通帳が存在しない口座も増えている
- ・家族に知らせず、別の支店や別の金融機関に口座を持っているケースもある
といった事情から、相続人だけで預金を完全に把握するのは意外と難しいものです。
残高証明書を請求する際に、「名寄せ(なよせ)」=同じ名義で保有している全口座・全取引の調査を併せて依頼すると、その金融機関の全支店にある口座や、定期預金・投資信託・ローンなどをまとめて確認できます。
これにより、相続人が知らなかった口座や金融商品が見つかり、相続財産の申告漏れを防ぐことができます。
理由2:相続税の計算を正確に行うため
相続税は「相続開始日(亡くなった日)」時点の財産額をもとに計算します。預貯金については、まさに「亡くなった当日に残っていた金額」が相続財産とされます。
通帳の記帳が数日前で止まっている場合や、亡くなった日やその直前に引き落とし・入金がある場合、通帳だけを見ても正確な残高がわかりにくいことがあります。
残高証明書を取っておけば、「亡くなった日現在で、いくら残っていたのか」をピンポイントで証明できるため、相続税の課税対象額を正しく計算するうえで大切な資料になります。
理由3:将来の税務調査に備えるエビデンスとして
申告書への添付義務はないものの、申告後に税務調査が行われた場合には、預金残高の根拠として残高証明書の提示を求められることが多いです。
税務署は、KSK(国税総合管理)システム等を通じて、金融機関の口座情報を一定程度把握しているといわれています。申告された預金額が税務署側の把握額と大きく違うと、調査の対象になりやすくなります。
その際、金融機関発行の残高証明書が揃っていれば、「この書類を前提に、適正な金額で申告しています」と説明しやすくなり、申告内容の信頼性を高めることができます。余計な疑念を招かず、調査をスムーズに終わらせるうえでの“お守り”のような資料と考えるとイメージしやすいでしょう。
残高証明書が必要になる主なケース
残高証明書は、相続税申告だけでなく、さまざまな相続場面で活躍します。代表的な場面を整理します。
ケース1:相続税の申告が必要なとき
遺産総額が、基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合、相続税の申告が必要になります。
このようなケースでは、財産の漏れを防ぐ・正しい税額を計算する・税務調査に備えておくという観点から、残高証明書の取得は実務上ほぼ必須といってよいでしょう。
ケース2:複数の相続人で遺産分割協議を行うとき
相続税の申告が不要な場合(遺産が基礎控除以内)であっても、相続人が複数いれば、遺産分割協議は必要になります。
このとき、「亡くなった日に、預貯金はいくらあったのか」「その金額をどう分けるのか」を話し合うことになりますが、客観的な根拠がないと疑心暗鬼やトラブルの火種になりがちです。
金融機関の残高証明書があれば、「この公式な書類にある金額を基準に話し合いましょう」と説明でき、「もっとあったはずだ」「誰かが引き出しているのでは?」といった不信感の芽を抑えることができます。また、遺産分割協議書に添付する財産目録の裏付け資料としても非常に有用です。
ケース3:相続放棄・限定承認を検討するとき
故人に借金が多い場合など、相続放棄や限定承認といった手続きを家庭裁判所に申し立てることがあります。
これらの手続きでは、故人の財産状態を示す「財産目録」を作成・提出しなければなりません。その際、預貯金の状況を示す資料として、残高証明書の提出が求められることが一般的です。
ケース4:遺留分侵害額請求に関わるとき
遺言によって「特定の相続人がほぼ全財産を承継する」内容になっている場合でも、配偶者や子などには「遺留分」という最低限の取り分を主張できる権利があります。
遺留分を計算するには、遺言作成時・相続開始時の財産の価額や生前贈与の有無などを正確に把握する必要があり、その一部として預貯金残高を示す資料が必要になります。このときも、残高証明書は請求の根拠資料・交渉資料として重要な役割を果たします。
残高証明書の取得方法と基本的な流れ
残高証明書は、誰でも自由に請求できるわけではなく、相続手続きの一部として、一定の条件と書類を満たす必要があります。一般的な流れは次のとおりです。
1.誰が請求できるのか
原則として、以下の人が請求することができます。
- 相続人(法定相続人、遺言で財産を取得する受遺者など)
- 相続人から正式な委任を受けた代理人(弁護士・税理士・司法書士・他の相続人など)
- 遺言執行者(遺言で指定されている場合)
2.どの窓口で手続きするのか
故人が口座を持っていた金融機関の窓口で手続きします。
- 多くの場合、口座開設店でなくても、同じ金融機関の別支店で対応してくれます。
- ただし、ゆうちょ銀行など一部の金融機関では取り扱い方法が異なることもあるため、事前に電話等で確認しておくと安心です。
3.どの時点の残高を証明してもらうか
相続に関する残高証明書では、基準日を「被相続人の死亡日(相続開始日)」に設定するのが基本です。日付を誤ると、相続税の計算や遺産分割の前提が狂ってしまうため、指定する基準日には十分注意しましょう。
4.一般的に必要となる書類
金融機関によって多少の違いはありますが、おおむね次のような書類が必要です。
- 金融機関所定の「残高証明書発行依頼書」
- 被相続人の死亡がわかる書類(除籍謄本、死亡診断書の写しなど)
- 請求者が相続人であることを示す書類(被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本一式、請求者自身の戸籍謄本など)
戸籍を一通ずつ集める代わりに、法務局で「法定相続情報一覧図の写し」を取得しておくと、多くの金融機関でこれ1枚で相続関係を証明でき、手続きがかなりスムーズになります。
- 請求者本人の実印および印鑑証明書(発行から3か月または6か月以内のものが求められることが多い)
- 請求者本人の本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなど)
- 可能であれば、被相続人の通帳やキャッシュカード、定期預金の証書など
代理人が請求する場合は、これらに加えて、相続人本人の実印が押された委任状、代理人の本人確認書類・印鑑などが必要になります。
5.発行手数料の目安
残高証明書の発行は有料です。金融機関ごとに手数料が決められており、1通あたり数百円~1,000円前後が一般的な相場です。
実際の金額は改定されることもあるため、最新情報は各金融機関のホームページ等でご確認ください。
6.発行までの期間
必要書類を提出しても、その場ですぐに受け取れることは多くありません。
- 金融機関内部での確認(相続人の確認・口座の特定など)の後
- 数日~数週間程度で自宅宛に郵送されるケースが一般的
通常は1~2週間程度が目安ですが、年末年始や大型連休前後などは、さらに時間がかかる場合もあります。
残高証明書を取るときの注意ポイント
注意点1:口座が凍結される
最も大きな注意点は、金融機関が名義人の死亡を知った時点で口座が凍結されるということです。
残高証明書の発行を依頼することは、金融機関に「名義人は亡くなりました」と正式に知らせることになります。その結果、その口座からは引き出し・振込、クレジットカードや公共料金・家賃・ローンなどの自動引き落としができなくなります。
その口座から公共料金等の引き落としをしている場合は、残高証明書を請求する前に、別口座への切り替えや支払方法の変更を済ませておくことが非常に重要です。対応が遅れると、料金の滞納につながるおそれがあります。
注意点2:「名寄せ(全店照会)」を忘れない
故人が同じ金融機関の別支店に口座を持っていたり、定期預金・外貨預金・投資信託などの金融商品を持っていたりする可能性があります。
単に「手元にある通帳の口座」だけを指定してしまうと、その口座分の残高しか証明されません。
依頼書や窓口で、必ず「被相続人名義の全支店・全口座(取引一切)について名寄せをお願いします」といった趣旨を伝え、全店照会してもらうことが大切です。これにより、相続財産の把握漏れ・申告漏れのリスクを大きく減らすことができます。
注意点3:借入金(マイナスの財産)も一緒に出てくる
残高証明書には、多くの金融機関で預金残高だけでなく、住宅ローン・カードローン・当座貸越など、同じ金融機関からの借入金も一緒に記載されます。
相続では、「プラスの財産だけでなく、マイナスの財産も承継する」のが原則です。負債の状況を把握するうえでも、残高証明書は有用な資料となります。
注意点4:取得や発行に時間がかかることを前提に動く
残高証明書が届くまでに1~2週間以上かかる場合もあるうえ、そもそも戸籍謄本等の収集や法定相続情報一覧図の取得などの準備にも時間がかかります。
相続税の申告期限は、相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。残高証明書の取得を含めた相続手続きは、できるだけ早めに着手し、余裕を持って進めることが重要です。
注意点5:外貨預金や投資信託がある場合の評価
故人が外貨預金や投資信託を保有していた場合、相続税評価の計算方法に注意が必要です。
- ・外貨預金:相続開始日のTTB(対顧客電信買相場)等で円換算する
- ・投資信託:相続開始日の基準価額や、解約時の手数料等を考慮した価額で評価する
残高証明書にどこまで記載されるのか、あるいは別途「評価証明書」などが必要になるのかは、金融機関によって扱いが異なります。
外貨預金・投資信託がある場合は、金融機関や税理士に早めに確認しておくと安心です。
まとめ:残高証明書は「事実上必須」の重要書類
ここまで見てきたように、残高証明書は、形式的には相続税申告書に添付が義務づけられているわけではありません。しかし実務上は、
- 故人の預貯金を正確に洗い出す
- 相続人全員が納得できる遺産分割の前提を整える
- 将来の税務調査に備えて、申告内容の裏付け資料を残しておく
という意味で、相続手続きにおいてほぼ不可欠な書類といってよいでしょう。
相続税がかからないケースであっても、「後から揉めないように」「誰も疑念を抱かないように」するための資料として取得しておくことは、大きな意味があります。
一方で、残高証明書の取得には、口座凍結という大きな影響や、戸籍収集などの下準備、金融機関とのやり取りにかかる時間と手間といった負担も伴います。
相続財産の種類や金額が多い場合、相続人の関係が複雑な場合、あるいはご自身だけでの対応に不安がある場合には、相続に詳しい税理士・弁護士・司法書士などの専門家に早めに相談することをおすすめします。
専門家に依頼すれば、残高証明書の取得代行を含め、相続手続き全体をトータルでサポートしてもらえるため、ご遺族の負担を大きく軽減することができます。





















